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俺は、藤宮勇気。普通の男子高校生だった。
嘘じゃない。1週間前までは普通の男子高校生だった。 部活は入ってないけどスポーツはそれなり、勉強も中くらい。 放課後はぶらぶらとゲーセンに寄ったり、家に帰ってゲームしたり、そんな普通の健全な高校生だった。 『だった』と何度使っただろう。とにかく自分にはとんでもない事が起きてしまった。 それもこれも、全部この架空の妹のせいなのだ。 俺は1週間前まで一人っ子だったはずなのに。 「何一人でモノローグ調に嘆いてるの?」 日曜日の朝にテーブルでパンにバターを塗りながら俺にそんな事を尋ねる架空の妹。 傾げるショートカットの幼めの顔が非常に可愛くてムカつく。 俺はパジャマのまま、その対面に座るとパンを一つ取り、ブルーベリージャムを塗る。 「お前のせいだよ…嗚呼、何で俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ」 「うーん…お兄ちゃんの運が悪いから?」 「お前が言うな、この諸悪の根源め。何がお兄ちゃんだこの宇宙人」 「うわ、ひどいよお兄ちゃん。妹にそれはひどいんじゃない?」 「お前が本当の妹ならこんな事は言って無いさ。空からいきなり降ってきて俺にぶつかった挙句…嗚呼、もう思い出したくも無いわ!」 「だから御免なさいって言ってるじゃない…私だって反省してるんだよ?だから経過を見るためにこうやって妹として藤宮家にやってきたんじゃない」 「お前の顔を見るだけで俺の気が滅入るんだよ…嗚呼、全く。勝手に妹になりやがって、迷惑だ迷惑」 パンをガジガジと齧る俺。嗚呼、不愉快だ。 俺の日曜の楽しみのスーパー戦隊シリーズを見ていてもこの気分は晴れない。 それもこれもこの架空の妹のせいだ。 「お兄ちゃん、今日はどうするの?」 「どうするったって…家でじっとしているのは嫌だしな。俺はゲーセンに行く事にする」 「じゃあ、私も付いて行くね」 「Why?…おっと、お兄さんは驚きの余りに何故か英語が飛び出してしまったじゃないか」 「だって、アレがいきなり発現したらお兄ちゃんも拙いと思うんだ?私が居れば…何とかなるかも知れないし」 「嗚呼!俺の身体は不自由になったもんですね!」 「だから御免なさいって…お兄ちゃん、許して…えぐっ…」 まただ、この女。いや宇宙人。嘘泣きをしてやがる…。 それにしても地球人に愛される形状を求めたのだろうか、この宇宙人可愛いんだよな。 嘘泣きだと分かっていても、この泣き顔にはどうしても勝てん。 俺も男なんだ…そう、男なんだよ俺は! 「分かったよ。んじゃ行くか、ゲーセン」 「うん、行こう!じゃあ、私、準備してくるね」 「俺も準備するわ。準備出来たらまたここでな」 「うん!」 涙を拭いて笑顔になった架空の妹は自分が使った皿を片づけると二階の自分の部屋へと戻っていった。 しかし、俺の家に空き部屋なんてあっただろうか? 1週間経つが、何故かある奴の部屋に物凄く違和感を感じながら、それが本来当たり前のようにあったかのような感覚も同時に感じていて何だか不思議な感覚だ。 まぁ、何にせよ我が家の2階には何故か奴専用の部屋が存在している。今はそれが事実だ。 相手は宇宙人だ。何があっても不思議じゃない。というよりこれ以上考えたら頭がおかしくなりそうだ。 パンを齧り終わった俺は戦隊のヒーローたちが駆るロボットが巨大化した敵を倒したのを見て、準備をするべく2階の自室へと上がっていった。 2階の俺の部屋に行く為には、必ず架空の妹の部屋の前を通る必要がある。架空の妹の部屋の奥に俺の部屋があるからだ。 架空の妹の部屋の前を通り過ぎる時、準備中なのか上機嫌なそいつは歌なんぞを歌いながら準備をしていた。 「たおーせ鋼鉄のメカシノビー♪いまーだひっさつ歌舞伎ブレイドー♪」 さっきまで見ていたスーパー戦隊のオープニングを綺麗な澄んだ声で歌い上げる宇宙人。 何だ、気に入ったのか?あの歌。 「かーぶきー戦隊カブクンジャー!♪」 ノリノリだな…と思いつつこれ以上聞き耳を立てるのも悪いと思って俺も準備を始めることにした。 とはいえ、大したことはしない。服を着替えて小物をちょこちょこ装備するだけだ。 うん、男の準備は非常に簡単で宜しい。 しかし、女の準備は何でこんなに時間が掛かるのか、今度訊いてやろうかあの架空の妹に。 いや、よくよく考えたら奴は宇宙人だった。人外に訊いてもマトモな答えが返ってくるとは思いにくい。 そんなことを考えていると、外行き用の可愛いワンピースに着替えてきた架空の妹がやってきた。 「ごめんね、お待たせお兄ちゃん」 「だからそのお兄ちゃんって何なんだよ宇宙人」 「ひどい…。いいじゃない、こうしておかないと怪しまれるかもよ?」 「確かに妹を騙るのであれば自然か…」 「お兄ちゃんだって、私のこと架空の妹とか宇宙人とか呼ばずにゆかりって呼ばなきゃダメなんだよ?」 ふくれっ面で俺を指差してそんな事を言う架空の妹、改め藤宮ゆかり。 今、この架空の妹はふてぶてしくも我が藤宮家の第四の住人として藤宮ゆかりという名前を生意気にも持っている。 「わかったよ、ゆかり。んじゃ行こうか」 「うん!あ、その前にね、これ」 「ん?」 ゆかりから手渡されるそれは携帯に入れるタイプの記憶用媒体だった。 「これって、マイクロSD?」 「うん、コレをお兄ちゃんの携帯に入れておいて欲しいの。基本的には普通のマイクロSDと何も変わらないんだけど…9のキーを長押しするとね、その状況にあわせた服に今の服が変化する仕組みになってるんだ」 「へぇ…なんでコレを…?」 「うん、アレが発現したら困ると思うから」 「嗚呼、そういうことね…」 「本当はこういうオーヴァーテクノロジーは渡せないんだけどね」 この宇宙人曰く、この宇宙人が居た世界は非常に科学が発達した世界らしい。 地球に来た目的は未だに教えないが、何かの意図があって来たらしい。 んで、その宇宙人は地球人が持ち得ない未知の科学を持っているらしく、そのことを宇宙人は「オーヴァーテクノロジー」と呼んでいるようだ。 それを地球人に渡すのはご法度らしいが、状況が状況なので俺に関しては寛容になっているらしい。 まぁ、その位して貰わなければ俺の怒りも収まらん。 しかし地球に来るのならもっとマシな人間(?)が居なかったのだろうか。 どう考えてもあのミスは人選を誤ったと言わざるを得ない。 と、そんな事をゆかりを見ながら思っていた。 「ん?どうしたの?お兄ちゃん。私の顔に何か付いてる?」 「いや…何でも無い。とにかく9を長押しすればいいんだな」 「うん、それでその状況にあった服が最適化されるはずだよ、多分」 「多分ってなんだよ!」 曖昧にかわされながら、何時の間にかゲーセンに来てしまった。 しかし、女と此処に来る事になろうとは、1週間前なら思いもしなかった。 ああ、女と少し違うか。奴は宇宙人なのだから。 「お兄ちゃん、あれ何?」 「ん?あれか…UFOキャッチャーと言ってだな、あのアームを上手く動かして景品を取るというゲームだ」 「へぇ~…面白そう。やっても良い?」 「ああ、良いけど俺、あんまり金無いからな」 「あ、お金なら大丈夫だよ。私が持ってるから」 肩に提げていたバッグからファンシーな感じの財布を取り出すと、小銭を出して早速UFOキャッチャーを始めるゆかり。 アームの扱い方に慣れていないせいか、何度やっても景品が取れる気配が無い。 それを見ながら苛々する俺。嗚呼、下手すぎる! 暫くはそれをボーっと見ていたが、最早我慢ならん。 「何が欲しいんだ?」 「えっと、カブクンジャーのカブキレッドのぬいぐるみが欲しいんだけど…なかなか取れないね、コレ」 エヘヘと苦笑いながら小銭を取り出すゆかり。その財布にはどんだけ100円が入ってるんだ。 投入口にそれを入れようとするゆかりを制止し、俺は財布から100円を取り出す。 「UFOキャッチャーにはコツがある。ただ引くだけがUFOキャッチャーではないぞ、ゆかり」 俺は投入口に100円を入れるとアームを動かす。 「あれ、そこ…人形に当たっちゃう…掴めないよ?」 「いいから見ておけ」 そのアームは人形を押し込むと、コロリと落ちる。 そう、アームは案外引く力より押す力のほうが強かったりするのだ。一概には言えないのだが。 「うわ、すごいね!お兄ちゃん!」 「いや…まぁ、アームってのは引くより押す方が強いモノもあるからな。ほら、これ」 俺は取り出し口からカブキレッドのぬいぐるみを取り出すと、ゆかりに渡す。 ゆかりはそれを抱きしめて幸せそうな顔をしている。 こう見ると、なんか…こう、宇宙人っていうのを忘れてしまうな。 否! 奴は俺に多大な迷惑を掛けている迷惑な地球外生命体だ。俺は忘れない、あの日の事を。 忘れたくても、身体がああなるから忘れられないわけだが。 「お、可愛い子じゃん!」 「お、まじだ!マブいぜ!」 「ナウいな!」 うげ…あれはここら一帯を縄張りにしているヤンキー3人組じゃないか。 このゲーセンにも結構居るのは知っていたが、絡まれる事も無かったから放置していたけど。 どうやらゆかりの姿を見て気に入ったようだ、非常に厄介な事になった。 あの3人はここらでは有名人だ。怪力が売りの筋肉質ボブ・ゴンゴンとその長い手と足が武器のノッポの騨琉史武、そしてスピードが売りの動けるデブ山田太郎。 3人は空手をやっているらしく、その絶妙なチームワークと空手の力でこの一帯のヤンキーを総括しているらしい。 縄張りの外から来たヤンキーはボコボコにして帰すらしい。 無敗のヤンキー3人組、それが今絡んできている奴等だ。 「よう、兄ちゃん。あんたその子の恋人?」 「いや、こいつは俺の妹だけど?」 「ほー、妹かぁ。恋人じゃねぇんだな?じゃーお願いがあるんだけどさぁ」 ゆかりに近寄るヤンキー3人。ゆかりは凄い嫌な顔をしている。 「ねぇねぇ~、君。僕らとさ、遊ばない?良いトコ連れてくよー」 「きっと楽しいぜ?な?遊ぼうぜ?」 「嫌です。私はお兄ちゃんと今日遊ぶんだから」 ゆかりは毅然とした態度でそう言い放つ。 それを聞いたヤンキーは俺に顔を向ける。 「この子、借りてっていいだろ?お兄さんよ」 「嫌だって言ってるんだから無理じゃねぇの?」 「あんだとコラ?」 ボブが俺の言葉に反応して俺の襟首を掴む。 俺だって男だ。此処で引き下がるわけにはいかない。 しかし…何で俺はあの得体の知れない宇宙人の為にこんな事になってるんだろうか。 相変わらず損な役回りばかりだ…と思いつつ。 「なぁ、もう一回聞くぜ?良いだろ?お兄さんよ」 「何度も言わせるなよ。妹はお前らにはやらん」 「お兄ちゃん…」 瞬間、俺は鳩尾に正拳を食らっていた。 息が出来なくなる…声も出ない。 俺はその場に倒れ伏す。 「馬鹿なアニキだなぁ!ただ頷いてりゃこんな事にもならなかったのによ!」 「んじゃ、僕らと良いことしに行きますか、あ、名前なんて言うの君?」 …ちくしょう。 遠ざかる奴らをこうやって見るしかないだなんて。なんて非力なんだ俺は。 と、考えていると胸の中が熱くなる。あー、こんな時に限ってアレですか…。 ん?アレ? あの状態ならあいつらに勝てる? 兎に角トイレへ急ごう、アレになるのを見られるのはやばい。 トイレに着くと既に身体に変化が起きていた。 この姿のままでは居られないか…そう思い携帯を取り出し、9のキーを長押しする。 俺の服が瞬時に変化する…。この服は…なるほど、制服か。 まぁ確かに、コレなら怪しまれないな。 変化させると同時に身体の変化も終了する。 よし、これならいけるか。 俺は男子トイレを駆けて出た。 その姿を見て驚く、男性トイレ利用者。 「うわ!えらいべっぴんさんが男子トイレから飛んでいったべ!」 「なにをいっとるだね。男子トイレにおなごがおるわけなかろうがやー」 「ほんとだっぺ!おら見たんだっぺ!」 「またまたうそつくのがうめーなーおめぇはー」 そんな男性トイレ利用者の声を遠くに聞きながら俺は疾走した。 ああ、もうローファーが走りにくい! カモフラージュのためとは言え、何で靴まで変化するんだこのアイテム! 走ってゲーセンを出ると、路地にヤンキー3人組と嫌々付いていくゆかりが見えた。 ゆかりは抵抗をしながらも無理やり連れて行かれようとしている。 「待ちなさい!あなたたち!」 俺はその三人を制止すべく叫ぶ。 三人とゆかりはその声に反応して振り返り、俺を見る。 「うわ!美人キタ!」 「たまんねぇ…この子のロリな感じもいいけど…あの姉さんのセクシーさには負けるぜ」 「やっべぇ!ナウいな!」 3人は思い思いの意見を俺を見て述べる。 今の俺の姿は何処からどう見ても美人の女子高生だった。 最初にこの身体になったとき、鏡を見て俺は美人だと自身を評価した。 大きな胸に引き締まったウェスト、そして控え目なお尻に細身の足。 可愛いというよりは美人といった方が良い顔に長い黒髪。 俺はひょんなことからいきなり女になってしまう体質になってしまった。 そう、あそこに居る宇宙人、架空の妹である藤宮ゆかりのせいで。 「お姉さま…」 ゆかりはそう言って笑顔を作ると俺の元へと走ってくる。 相変わらず演技の上手い女だ。 とりあえず、俺はゆかりを背後に隠す。 「姉ちゃん…すっげぇ美人だな」 「あら、有難う。でも、感心しないわね。嫌がる女の子を無理やり連れ回すだなんて」 「双方合意の上のデートさ。あんたにゃ関係の無い話だ」 「あら、お相手は合意してなかったみたいだけど?」 その台詞にゆかりは俺の後ろであっかんべーをしている。 現金な奴だ…。 「まぁ良い。姉ちゃんが代わりに俺らとデートしてくれるってんならその子を開放するぜ?」 「いいわよ?相手してあげる」 「ヘヘ、物分りの良い姉ちゃんだな」 勿論、こんな馬鹿なヤンキーとデートするような時間は無い。 俺は手を伸ばしてきたボブの手に逆篭手をかけてその場に倒す。そして倒れたのを見て正拳を鳩尾に見舞う。 「何…」 「さっきのお返し」 その言葉を聞いていたかどうかは分からないが、ボブはその場で気絶した。 それを見て素早い山田太郎が俺を羽交い絞めにしようとする。 だが、その山田太郎の手は俺の大きな胸を掴む。 「いやん、エッチ…!」 「うわ、すまねぇだ…ぐあ!」 艶めいた声で俺が言うと、怯む山田。 その隙を逃さず、俺はハイキックで延髄斬りを見舞う。 「ぴ、ピンク…」 そう言って昏倒する山田。 「な、なんだアイツは…身体能力が…高すぎる…まるで俺らが赤子みたいじゃないか」 それをみた騨琉史武は説明に徹し、逃げようとする。 が、逃がすわけが無い。 素早い動きで俺は騨琉史武を捕らえると、そのままチョークスリーパーをかける。 「ウググ…む、胸が当たっていい感じだけど苦しい!男の俺が抵抗できないなんてなんて力なんだぁ!」 この状況下でも尚説明を止めようとしない騨琉。 なんて少年漫画向きの説明キャラなんだと思いながら締める力を強くする。 「良い?金輪際あの子に近づかないのよ。私が居ないからって近づいたら…分かってるわね?今度はコレだけじゃ済まさないわよ」 「わ、分かった…分かりまし…た…」 そしてその場で倒れ伏す騨琉。気絶したようだ。 締め上げる腕を離し、手をパンパンと叩いて埃を払う。 「と、まぁこんなもんか。大丈夫か?ゆかり」 「うん、大丈夫だよお兄ちゃん…それにしても…」 ゆかりは俺の女子の制服姿を見て溜息を漏らす。 「凄い似合ってる…」 「嬉しくねぇよ馬鹿!」 嗚呼、ほんと…何でこうなってしまったんだろうか。 いきなり空から降ってきた宇宙人は事もあろうに俺にぶつかった。 その影響でその宇宙人が持っていた一つのオーヴァーテクノロジーが俺に効果を及ぼす事になった。 その機械は、対象のDNAを変化させるという効果を持つアイテムだった。 落下の影響でそのアイテムは壊れたが、壊れる直前にスイッチが入り、俺に向かって謎の効果を及ぼしたのだ。 その効果とは、突然性別が変わるという難儀な効果だった。しかも女性の状態の俺は身体能力が普段の数倍も高い。 身体能力が高くなるのは結構だが、生粋の男である俺としては女性にいきなり変わるこの体質は耐え切れん。 そして空から降ってきた宇宙人は自身の失態を謝罪し、俺を元の状態に戻すまで尽力する事を誓った。 まぁ、上からの司令らしい。地球人にそんな酷いことをしてしまうとはなんたることだと怒鳴られていたな。 で、結局なし崩し的に俺の家に居座る事になり、謎のオーヴァーテクノロジーで俺の両親を洗脳し、藤宮家の妹としてその宇宙人はやってきた。 そう、それが今目の前に居る藤宮ゆかりなのだ。 家に帰ってくる俺とゆかり。もう今の俺の姿は男の状態だ。 この性別変化には予兆があり、それを知る事によって性別の変化を知る事が出来る。 その予兆とは、胸の奥が熱くなる感覚が出てくることである。これで予兆を知り、トイレに入りその性別に即した服へと着替える。 ああ、面倒だ。面倒すぎる。それもこれもこの架空の妹さえあの時に降ってこなければ…。 「ねぇお兄ちゃん」 「ん?」 「今日のお兄ちゃん…かっこ良かったよ。見直しちゃった」 「今までどういう風に思われていたか知らないが、そりゃ良かった」 「ごめんね、お兄ちゃん」 「ん?」 「早く、元に戻してあげるからね。私、頑張るから」 「頼むぜ全く…」 その姿を見て、どうもむず痒くなった俺は部屋へと逃げる。 「こんなドタバタはいつまで続くんだろうな…」 この難儀な身体になって1週間…やっと女の演技にも慣れて来たが…不便すぎる。 やはり平凡な生活が一番だ。戻って来い!俺の普通の生活! と、そんなことをベッドで寝転がって考えているとドアをノックする音がする。 「お兄ちゃん?」 「ん?」 「今日は楽しかったよ。カブキレッドのぬいぐるみ、大事にするね」 扉越しにゆかりは俺にそんな事を言ってくる。 「ま、今度は不良に絡まれないようにしないとな」 「その時はまたお兄ちゃんがやっつけてくれるよきっと」 「また他人任せかこの宇宙人。早くどっかに行け」 「うわ、ひっどい~!じゃあ私、ご飯作るから、またね」 「ああ、じゃあな」 妹か。 「悪くない…かもな」 こうして俺のドタバタな休日は過ぎていくのであった。 ─ そんな藤宮家の光景を双眼鏡越しに見る少女が一人。 年のころはゆかりと同じぐらいだろうか。 長い黒髪を二つに結んだ気の強そうな女の子。 「フン、なかなか楽しそうじゃない」 双眼鏡越しにニヤリと笑うと、彼女は何処かへと消えていった。 ─ 次回予告? 「こんなダメダメ女にこんな重要な役務まる訳無いじゃない!私がお兄様の妹になるわ!」 「ダメダメじゃないもん!私頑張るもん!だから帰って!私がお兄ちゃんの妹なの!」 「あらそう、じゃあ…勝負よ!!」 次回「スクールパニック」 学校という空間も、俺にとっては最早安らげる場所ではない。 「なぁ!あの美人の麗しき女性は誰だ誰だ?俺一目惚れしちまったんだけど!」 「な…なんだって!?それはやめておけ!」 「う、うん…やめた方がいいと思うよ」
「あ、雪」
「通りで、やけに寒いと思ってたんだ」 毛布を被りながら、彼女は窓を見ている。外には白い雪。 こっちは比較的暖かな気候だからよもや積もらないとは思うけど、それでもその雪は結構降っていた。 「ねぇ、外出てもいいかな?」 「馬鹿じゃねぇの、寒いぞ~外は」 「いいじゃーん。だって久しぶりの雪だよ?雪!」 「積もらないって」 「それは…積もらないかもだけど」 外から見える田園が白く雪化粧を施されていく。 綺麗だとは思ったけど、やはり寒いのは苦手だ。 「ねぇ」 「ん?」 「雪って何なのかな?」 「何って、水分が固まったもんだろ?」 「Teardrop from the sky」 「ん?」 「雨が空の涙なら、雪ってなんなんだろうねぇ」 「いきなり哲学的だな。たまにお前が解らなくなるよ」 「むぅぅ、いっつもこんなこと考えてるから変人って思われるのかなぁ?で、なんだと思う?雨が空の涙だとしたら」 「僕にはわからないな」 「私は、“想いのカケラ”だと思う」 「ほほう~、よくわかんないけど」 「雪って募る思いに似てるなぁって。だからきっと世界中から集まった想いのカケラが白い雪になってるんだと思う。恋心とか」 「何でお前の頭はそんなにメルヘンなんだ。そんなにメルヘンが好きならメルヘンの子になりなさい」 「わけわかんないし。まぁ、いいや。で、そういう想いってずっと募って行くんだよ。積もる雪みたいにさ」 「じゃあ、問おう。この雪は多分積もらない。積もっている地方の雪だって、いずれは溶けると思う。常冬の所以外はさ。それはどう説明を付ける?」 「それは…言いたくないけど…」 「言いたくないけど?」 「雪はいずれ溶ける。それって多分人の心を表すんじゃないかなぁ…?」 「人の心?はっきり言わないんだね」 「言いたくないんだ。まだ、私の雪は溶けないって信じてるから」 「そっか…」 「ね?」 「ん?」 「抱きしめて?」 「ああ、良いよ」 積もらないと思っていた雪は、ずっと降り続き…数年来の積雪を僕の町にもたらした。
「んっ…、そこ…」
「ここ?」 「うん、そこっ…ふぁっ…」 そして私は今日も抱かれてる。もう好きでもないのにね。 「好き?」 「うん、好きだよ」 「僕もだよ」 お互い嘘吐いてる。本当は二人ともそうじゃないんだって私知ってる。 貴方の目に私は居ないもの…。 一緒に傘に入っても遠慮して 一緒に写真に写るときも少し距離を置いて 掛けられる言葉が余所余所しくて 私が居て欲しいときには居なくて 私が居て欲しくないときには居て欲しいって言うの 多分それは、お互いのパワーバランスが均衡してないからだと思う。 やっぱり私も少し遠慮しているのかな。彼が年上だから? ん~…違うかな。やっぱり怖いんだ、この人と居るのが。 だって 本当のことをぜんぜん教えてくれないから。 怒っちゃうと手付けられないしね。 「香水、変えたんだね」 「うん、瓶が無くなっちゃったから」 ほら、また嘘吐いてる。私が選んであげたブルガリのプールオム。この間彼の部屋に行ったときはまだ瓶の中身は半分ほどあった。まだ無くなる訳が無い。 多分見てないって思ってるんだ。 私なら騙せるって思ってる。だから騙されたフリをしてる。嫌な女だなぁ、私。 「どしたの?どっか痛い?やめようか?」 「んーん、大丈夫。気持ち良いよ。続き、しよっ」 変わった香水の匂いがまたセンスが良くて苛付いてた。 ああ、何でこんな心地良いんだろう。良い匂いなんだろう。 何で私この香水を選んであげられなかったんだろう。 誰があげたのかな? 私が知っている子? それとも知らない子? 嫌い…気持ち悪い。 好き…心地良い。何でだろ、嫌悪感。 「いっちゃ…」 「うん、いっちゃえ。気持ちよくなるところ見せて?」 「いっ…」 頭の中が一瞬だけ白くなる。 気持ちよくなければ良いのにな。そうだったら私こんな事してない筈なのに。 「んふっ…んん…」 口の中に広がる彼の匂い。さっきまで彼が噛んでたガムのミントと混ざって入ってくる。 舌、あったかいな。 「もしかしてまだ忘れられないのかな?」 「何が?」 「昔の男」 「馬鹿、何言ってんのよ。そんなに子供じゃないよ私」 的確に私の心の弱い所を突いてくるこの言葉も、嫌い。 まだあの男が棘のように刺さっているのは紛れも無い真実だから。 だからまだこの嘘吐きな男と付き合ってるの。また独りになりたくないから。 嫌いなのにね。嫌な女だね。 「忘れさせてあげるよ、全部、さ」 「うん…」 「じゃっ、続きするよ?」 「うん」 上手だなぁ。人を誘導する術を心得てるんだと思う。 どれだけの女を抱いてきたのかな? どれだけの女を泣かせてきたのかな? この良い匂いのする胸を、どれだけの女が心地良いと思ったんだろう。 「だめっ…いったあとだから…かんじ…」 「うん、いっぱい気持ちよくなって良いよ。どこがいいの」 「いぢわる…んっ…」 「やっぱここかぁ。素直なんだね、君の性格みたいに」 「ばかぁ…」 利用されてるってわかっててもやっぱり今は此処にしか居場所は無い。 全部捨ててきたから、あの男と一緒に。だから私には此処しかない。 彼もきっとまだ私を好きだ好きだと言いながら利用するんだろう。 それでも良いかなと思う、お互い利害関係は一致しているんだから。 でも、全部彼の思い通りにされるのは嫌だから…せめてセックスの時だけは… 彼の首を絞める 「くび、しめて?」 「うん、いいの?」 「すきだから、大丈夫だよ」 私の首を絞めるように促す。お互いの首を絞めあう。 苦しんでる、私。彼も苦しんでる。 ああ、私ってまだここに生きてるんだね…人形じゃない。イキテルカンカク。 「すき…だよ?」 「ぼくも…だよ」 甘く絞められる首をやっぱり心地良いと思っている。 これからも私はこうしていくんだろうか? こういう生き方ってどうなのかな? 世間一般の評価から判断すると【もうすこしがんばりましょう】なのかな? でも良いんだ。私にはこの生き方が合ってるから。 もう駄目だと思ったら捨てて、他の男を探して…また同じことをする。 「いっ…くぅっ…」 「うん、僕も…」 「なか…なかに…」 「良いの?」 「うんっ…」 … 私から流れ出る液体を見ながら、また意味の無いことを考える。 人が生まれて、人が生きるってどういうことなのかなぁとか…そんな哲学的なこと。 人は生殖活動すらもレジャーにしてしまった。こんな浅ましい人間の生きる意味ってなんなんだろうなぁって。 「本当に大丈夫だったの?」 「うん、大丈夫だよ、安全日だし」 …実は嘘だったりするんだけど。 彼はまだ心配してる。やっぱり、私と付き合ってるのって本気じゃないんだ。 赤ちゃんできたら困るんだな…私も困っちゃうんだけど。 でも、そう、抵抗。 やっぱりパワーバランスが均衡してないから…。彼の方がやっぱり強いんだよね。 だから抵抗。 出来ちゃえって思ってる自分も居る。怖いなぁ、私。 やっぱり私は彼のこと好きなのかな? ん~…嫌い? それを考えるのはもう少し後にしてもいいかな。 今は快楽を享受しようと思う。 その方が楽だから。
寒い…
相変わらず僕は寒いのが苦手だ。 対岸にある観覧車がキラキラと輝いている。 毎回見て思うけど、あの電飾、物凄く電力の無駄遣いだと思う。 最近はエコだの省電力だのと叫ばれているのに、毎年やることは同じだ。 冬にあんな風にイルミネーションする理由って一体何なんだろうか。 …そんなことをコートの中でブルブル震えながら考えていた。 こんなに寒いと言うのにコイツは…。 隣に居る彼女は物凄く嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。 クリスマスにお互いアルバイトで一緒に過ごせなかった反動か、それともこいつがただ飛び跳ねたいだけか。僕にその理由は判らなかったけど、上機嫌なのは良いことだ。 …不機嫌になって真冬の寒い中でアイスクリームを奢らされる(しかも自分も買わされて食べる羽目になる)よりは。 「イルミネーション、綺麗だねぇ~」 「綺麗だけど、電力消費量激しそうだなぁ。一日どの位かかるんだろ」 「また夢のない事言ってるぅ~」 「君がメルヘンなだけだと思うんだが」 「私は…そんなにメルヘンじゃないもん!」 「メルヘンの国から来たんだもんな」 「むぅぅ~…」 頬を膨らませるその仕草が可愛くなって、ついつい苛めたくなる…が。 真冬のアイスは勘弁してもらいたい。しかもここは臨海公園、潮風が強くて寒いと言うよりは最早痛い。…何故こんな時に僕はマフラーを忘れたか。 「アイs」 「あああ!!今日は良い天気だなぁぁぁぁ!」 「曇ってるよ?」 「曇ってるくらいが丁度良いんだよ!」 「私は空が狭くなって嫌いだけどなぁ…」 よし、上手く誤魔化せた。ヘヘッちょろいもんだぜと少し心でガッツポーズしながら。 「ところで、何でここに来たのさ。僕寒くて死にそうなんだけど」 「さいあく~!忘れたの?去年も来たじゃん」 「え?そうだっけ?」 「本当にさいあくだねぇ~。去年の冬もここに来て“来年も来ようね”って言ってたのに」 「あ、ああ!そうだったな!そうだったよ!」 「やっぱりアイs」 「でも此処本当に景色がいいなぁ!イルミネーションも最高だし!言う事ないよなぁ」 「さっきまで電力消費が云々とか言ってたくせに」 「しかも隣にこんなに可愛い女の子。ぼかぁ幸せだなぁ」 「…本当に?」 「ああ、本当だよ」 相も変わらず単純な奴。そこがこいつの可愛い所ではあるんだけど。 素直さってやっぱり失くしてはいけない美徳だよな。彼女を見てるとそんなことを思ってしまう。 「じゃあ、チューして、チュー」 「ちゅ…あの酔拳使いの妖怪…」 「それは幽遊白書の酎ね」 「荒井…」 「それはドリフターズってネタが古いよ!」 チッ、誤魔化せなかった。辺りを見回す。 案外良いデートスポットなのに、人の気配が感じられない。 やはり寒いからか。寒い中でこんなにはしゃいでるコイツは…。 とはいえ人が居ないなら今のうちにやってしまうに越したことはない。 お姫様のご機嫌を損ねてしまったらそれこそアウトだ。 っていうか僕もしたいんだけどね。 ── 「キス、上手になったよね~」 「僕が?」 「他に誰が居るのよ~」 「いやほら自分で言いたくなったのかと」 「ちがうよ~!ほら、前は結構戸惑ってたけどさ」 「そりゃあ、あれからどれだけ経つよ?」 「結構経ったよねぇ~」 ベンチに座り、観覧車を二人で見る。 やっぱり彼女も寒かったのか、僕に寄り添ってくる。 手袋越しに手を繋ぐ。少しずつ、その体温が手に伝わってくる気がした。 「…も来ようね」 「ん?」 「来年も此処にまた来ようね」 「ああ、来ような」 「本当に、来てくれるよね?」 「ああ、勿論だよ」 繋ぐ手が少しだけ強くなったから、僕もそれを握り返した。 少しだけ震えているのは寒さのせいか、それとも…。 「私さ、夢を見たんだ」 「どんな夢?」 「私たちが別れちゃう夢」 「えー、別れたいの?」 「そんなわけないじゃん!夢の中ではさ、私達別れてお互いの思い出を段々と思い出せなくなってるの。お互い好きな人が出来てて、その人と一緒に居るんだ」 「まぁ、別れた人間の事をずっと覚えてても仕方がないって事なんじゃないかな?過去より今の方が大切なのは仕方がないことだと思うけど」 「でも嫌だった…怖いのは忘れていってるって事実すら忘れていって普通に生活しようとしてる自分だった。夢の中ではそれを客観的に見てる自分が居て、それはそれは凄く怖かったんだ」 「でも、人間ってそんなもんだと思うけどなぁ。全部覚えてるなんて出来ないんだよ。人の脳にはやっぱり限界があるんだからさ。どれだけ幸せに共同生活を送って夫婦のようにしていても、結局は他人なんだからさ。必要ないなら思い出から消去されても仕方のないことだと思うよ」 「う~ん。でさ…何で人って別れるのかな?」 「また始まったよ…それは色々じゃないかなぁ…性格の不一致とか夫とセックスレスでやっていけませんとか」 「一度はこの人とならと思って付き合う。でも別れてしまう」 「こんな筈じゃなかったのに、ってのは多い気もするな」 「昔、男と女は一つだった。故に人はその半身を求めて恋愛をしたがる。結ばれたがる。でも、上手くいかない。コレってどうしてだろう?もともと一つだったなら上手くいっても良いと思うんだけどなぁ」 「それは男と女を違う生命体にしてしまったからじゃないかな?同じ人間であっても男と女では精神構造及び肉体構造が異なってくる。似ているようで、僕たち男と君たち女ではやっぱり違うんだよ」 「昔罪を犯した人への罰…かな?」 「うーん、其処は誰にも分からない。でも分かることはさ、人と付き合うってのは多少妥協が必要ってこと。誰かさんみたいに胸がない人でも不満を持たないとかさ」 「気にしてるのに…って揉まないでよぉ!」 「ああ、御免」 「やっぱりアイス!今日はコンビニのじゃなくて栄華堂のグレートチョコレートパフェ(1500円)ね!」 「う、僕…お金無いんですけど」 「お財布事情なら全部知ってるから隠しても無駄だよ~♪さぁって楽しみだなぁ」 「グフ…」 調子に乗りすぎたか。 でも、こういうのも悪くない。彼女のこういう可愛らしさも好きなんだから。 そして、何時でも何かを考えてる。そんな彼女が好きだ。 いっつもおかしなことかメルヘンなことかを考えてるおかしな彼女だけど。 「妥協できなくなったら終わりか…捨てないでね」 「ん?何か言った?」 「何でもないよ!大好きって言っただけ」 「僕もだよ」 冬は嫌いだけど。 こうやって寄り添ってイチャイチャできるんなら、少し良いかも知れないなと思った。 少なくとも、今は、今だけは。 何も考えずにこうしていたい。
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